たいがいにしなさいね

  • 投稿 : 2009 年 12 月 3 日

友人のご主人さまは大食漢、食べることが大好き。特にお菓子には目がなくて、会社帰りに、お菓子屋さんで大量のお菓子を買い込んで帰ってきます。お酒を大量に飲むとか、大量に買い込むというよりはずっとかわいらしくていいじゃない・・・なんて思ったのですが、健康を害す危険があるほどなのだとか。

友人は見るにみかね、ある日ついに「たいがいにしなさいね」と注意したそうです。その話を聞いていた別の友人、「たいがいにしなさいねって、いい言葉ね~」と感心することしきり。「私なら、いい加減にしなさいよ!って言って喧嘩になっちゃう」と言うのです。確かに、同じことを言っても言い方次第でこんなにも違うニュアンスが変わります。「たいがいにしなさいね」。。。いいですね、これ。

 

因果応報で幸せになる?

  • 投稿 : 2009 年 12 月 2 日

「因果応報」という言葉があります。「悪い行いは、悪い結果となって自分にふりかかる」という意味で、これに似た言葉に「自業自得」という言葉もあります。今起きている悪いことは、過去の自分の悪い行いの結果だというのです。

でも、もしそれが事実だとすると、不幸に見舞われる方たちすべてが、過去に悪い種をまいているということになってしまい、これはちょっと理不尽な気がします。因果応報という言葉をマイナスのイメージだけで捉えてしまうのではなく、良いことであれ悪いことであれ、自分が考えて行動したことは必ず自分の身に返ってくると考えてみてはどうでしょう。

自分で撒いた悪しき種は、いつか自分で刈り取らねばなければならなくなります。けれど、一生懸命蒔いた良い種なら、いつか幸運の果実を実らせるのです。善因善果、悪因悪果、そのいずれもが「因果応報」なのです。

 

化粧が心を化けさせる

  • 投稿 : 2009 年 12 月 1 日

お化粧のお話です。女性ならきっと誰でも、お化粧をすると気分まで変わるという経験をされていると思います。先日、結婚前の職業がアナウンサーだった友人と会ったのですが、その時にもそんな話で盛り上がりました。彼女は職業柄いろいろな女優さんに会ったそうですが、楽屋での話がちょっと面白かったので、ここでご披露してみます。

気だるい雰囲気を持った実力派女優Yさんは、楽屋入りする時はすっぴんで疲れた表情。楽屋に入るなり「コーヒー持ってきて。サンドウィッチはどうしたのよ」と、さも面倒臭いといった様子で、彼女にいろいろと命令をしてくるのだそうです。ところが、お化粧が進むにつれ、表情が柔らかくなり、にこにことした甘えた口調になるのだとか。知的な印象のある女優Hさんも、お化粧をするまでは地のままで愛想もなにもなしなのに、お化粧をすると別人のように明るい人に変わってしまうのだそうです。

お化粧をすることで自分ではない自分になっちゃうのよね…というのが、友人の解釈でしたが、お化粧で「化ける」のはどうやら顔だけではなく、「心」まで化けさせてしまうようです。暗い気持ちの時、あなたもお化粧をして別の自分になってみませんか?

 

善玉の欲

  • 投稿 : 2009 年 11 月 30 日

家庭内にゴタゴタ続きの友人が、「欲を捨てようと思う、そうすれば楽に生きられる」と、悟ったような口調で言いました。さる有名な宗教家の本を読んでそう思ったのだとか。欲というのは捨ててしまえば確かに楽かもしれません。欲さえなければ、あるがままを受け止めるだけですから泰然自若として生きてゆけそうです。

でも、彼女のそんな言葉を聞きながら、まだ50代なのに、ここで欲を捨ててしまって良いものだろうか、欲するものを手に入れるという情念こそが、生きている証なのではないか、飛躍への足がかりになるのではないかとふと思ったりもしていました。あと30年近い人生、欲もなく、ただただ平穏無事だけを目標に生きるということに、私は賛成できずにいます。「足るを知る」という言葉がありますが、それは身の程知らずの欲求を諫めるものであって、欲を捨てよということではありません。どこまでも貪欲に生きる、そんな生き方も素晴らしいのではないでしょうか。欲に振り回されてしまうようであれば、それは生き方、考え方に根本的な問題を抱えているのです。

 

芸術家

  • 投稿 : 2009 年 11 月 29 日

ちょっとだけですが、名前の知れているバイオリニストとたまたま面識があり、ある日友人から、イタリア料理店で弾いてくれるようにお願いしてもらえないかしら相談がありました。ギャラを聞くと、とてもとてもお願いできるような額ではありません。でもまあ断られたらそれまでと、失礼を承知でお話しをしました。ちょうどその日は空いているのでOKよ、と気軽に承諾してくださったので拍子抜け。

彼女はニコニコしながら、「みんなにバイオリンを聴いてもらいたいの。みんなに音楽を好きになってもらいたいの」と言うのです。プログラムも盛りだくさんで、ほんとうに楽しんでもらいたいという気持ちに溢れたものになりました。聴いた人を幸せにできる力を持っているバイオリニスト、みんなに幸せを感じてもらいたいと願っているバイオリニスト…、これこそが「芸術家」なのでしょうね。高みからの芸術では、決して人の心は動かせないとそう思います。

 

まだまだこれから

  • 投稿 : 2009 年 11 月 28 日

定年退職をした人、まもなく定年退職をする人が周囲に結構います。早ければ60歳、遅くとも65歳が定年のようですが、いずれもまだまだ仕事のできる年齢、もったいないですよね。少子化が懸念され、国を支える人たちがどんどん減ってしまうことを社会は憂いていますが、まだまだ使える人材を仕事の中枢から排除し、新しい人材がいないと嘆いているのですから、これほど矛盾した話はありません。

もっと残念だなあと思うのは、定年退職をすると守りの姿勢に入ってしまわれることです。確かに60歳を超えてから冒険をするといのはリスクがありそうですが、あと20年以上残された人生を、ただただ命をつなぐためだけに生きてゆくのは、あまりに寂しいように思います。家庭の中だけで生きるのではなく、社会の中で生きる・・・それも、ボランティアではなく、積極的に対価を求めて生きるという生き方を模索しても良いのではないでしょうか。貪欲に生きつづけたいですね。

 

感謝の気持ちはあるけれど

  • 投稿 : 2009 年 11 月 26 日

午前中忙しくて昼食の準備が間に合わず、仕方なく、近くのファミレスでランチを済ませてきました。元気をつけようと思い、注文したのはトンカツ。もともとファミレスで食事をするのはあまり好きではなく、その理由というのも、食材がなんとなく信用できないからなんです…。

きょうもトンカツを食べながら、これはブラジル産の豚なんだろうなあとか、この玉子は一個10円にもならない、抗生物質漬けの鶏の母さんが産んだものかなあとか…。深く考えたら一口も食べられなくなってしまいそうなことばかりを思い浮かべならが食べていました。食材というのはどんなものであれ、貴重な「命」を私たち人間のために捧げてくれているのですから、感謝をしないわけにはいきません。でもきょうは、そんな気持ちをついつい忘れさせてしまいそうなランチでした。恵の神様、ごめんなさい・・・。

 

価値観が違うのに

  • 投稿 : 2009 年 11 月 25 日

会って話しをすると気を乱されてしまい、たちまち憂鬱な気分になってしまう知人がいます。本人はいたって明るい性格ですし、生き方も前向きですから、話をしていて楽しくないというわけではありません。でも、どうも彼女と話をすると翌日からしばらく元気を喪失してしまうのです。昨日も同じようなことを体験しました。

なぜこんな気持ちになってしまうのだろうと考えてみて思い当たったのが、「価値観の強要」です。これまで生きてきた道も環境も趣味もまったく違うのですから、考え方は違って当然なはずなのですが、あなたの考えは間違っている、自分の考え方が正しいという発想で相手の生活を批判してくるのです。

こうでなければいけないとか、こうあるべきだという自分流の理論を他人にあてはめたところで、根底にある価値観が異なっているのですから相容れるはずもありません。そんな不協和音が心の気を乱すようです。他人に自分流の生き方を説くということ…それは「自分は常に正しい」という、傲慢な思い違いでしかありません。

 

「ねばならない」はやめましょう

  • 投稿 : 2009 年 11 月 24 日

少し風邪気味のせいもあって体がだるいのですが、それでもやらなければならないことがたくさんあって休むことができません。高熱でもあればいまどきのこと、インフルエンザなんていう心配もありますから、お休みをしないわけにはいきませんが、その点、熱がなくてだるいだけ…というのが一番体にムチ打たなければならない状態で、ちょっと辛いですね。

こんな時の家事や仕事が辛いのは、ただ単に体が重いというだけの理由だけではなく、「こんな状態なのに○○をしなければならない」という、一種の強迫観念のようなものに追い立てられてしまうからでもあるのです。このぐらいでいいか…と思えればぐんと気が楽になります。仕事が遅れた分は後で取り戻せばいいのです。これは完璧主義の人に特に言えることですよね。「ねばならない」をやめて心に余裕を持つことで、却って実力を思う存分発揮することができますよ。

 

人ごみから帰ったら

  • 投稿 : 2009 年 11 月 23 日

郊外のディスカウントスーパーに出かけて、あまりの人の多さにびっくり。お天気があまり良くなかったので、近くでショッピングをして3連休のまん中を過ごそうといういうことなのでしょうか。人のたくさんいるところが苦手なので、買い物もそこそこにして逃げ帰ってきてしまいました。人ごみが嫌いということもあるのですが、たくさん人の集まるところに長い時間いると、体がものすごく疲れてしまうのです。

そのことを昔ある占い師さんにお話したところ、人ごみの中にはいろいろな浮遊霊が混ざっていて、霊感のある人のところにヒョイと憑いてしまうことがあるのよ…という、ちょっとオカルト風な説明をされたことがありました。目に見えないことですから、信じるか信じないかは自由ですが、モグは「信じる派」です。なんだか疲れが尋常じゃないという時には、帰ってからお塩を振って家の中に入ります。

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